意欲

 びっくりするほどやる気を失っていた。全くと言っていいほどアウトプット意欲が失せていた。実はこれを書いている今も全然やる気がない。やる気を生み出すために書いているみたいなもん。もうテストが1ヶ月後に迫っているので今もしブログ欲が出てここに没頭するわけにもいかないのだけど。

 

 本の感想を書きたい気持ちはあったけどこんなことになってしまって自分が情けない。別に楽しみにしてた人なんていないと思うけど、何かに謝らないと気が済まない。すみませんでした。

 少し休憩を挟みながらまた書けたらいいなと思います。書いてたらちょっとモチベーションも上がってきたし。

 

 ではまた(推敲ゼロ)

2017年度後期振り返り

 

 お久しぶりです。旅行から3週間ほどが経ちました。長い長い大学生の春休みも残すところ2週間を切っています。悲しい。

 さて、先日ようやく1年生の後期の成績が発表されました。前期は余裕の(?)フル単だったにもかかわらず、後期は専門のペア科目を落としてしまい、4単位が消えていきました。なんてことだ。2年生から日々の予習復習をしたいと思います。もう二度と単位を落としたくない。頑張るしかないですね。

 というわけで、もう3月も30日、年度末ですね。前期と同様(前期振り返り - Re:無題)後期も月ごとに振り返ってみたいと思います。長くなると思いますがお時間のある方はお付き合いくださいませ。

 

10月

 といっても、実は今手元に10月11月に何をしたかについての参考文献(?)がほとんどないのです。それは11月に前の携帯が盗難に遭ったからなんですけど、まあ思い出せる限りで書いていこうかな。

 後期の授業が始まりました。専門科目が増えて、いよいよ法学部生らしい勉強をすることが増えました。バイトにいく時間も少しずつ増えてだいぶ今の安定した生活に近づいてくるようになります。

 ほんとうに思い出せない……10月何してたっけ。ブログも休んでいたし日記もつけてないしスケジュールは携帯で管理していたし何していたか覚えてない。そう思うとめちゃくちゃ怖いですね。来年度はもっと手書きの手帳を活用します。反省。次いきます。

 

11月

 たしか11/2〜11/5が大学の学祭だったと思います。私は部活やサークルに所属していないのでその期間はただの4連休でした。数少ない友達もノンサーなので自分の大学の学祭にひとつも顔を出さないまま連休を過ごしました。自分の大学の学祭には顔を出さなかったけれど、11/5には兵庫県にある私立大学に好きなアーティストが来るということで始発に乗って行きました。私立大学に招待されるアーティストはまじで有名人ばっかりっぽくて、持ってるお金の差かしら……と思いましたね。ちなみに私の大学に来ていたアーティストは邦ロックオタクじゃないと知らないようなバンド4組でした。私は1組しか知らなかった。

 下旬にはNFがあったのでそれに行きました。高校の部活の先輩や同期で構成されたバンドが出ていてすごく楽しかった。久しぶりに会う人もいて高校生に戻ったような気分でした。

 その次の日は大好きなユニゾンスクエアガーデンのライブに行きました。そこで事件は起きたのです。シングルツアーでした。シングルCD発売記念ツアー、つまりアルバムツアーより選曲の自由度の高いツアーで、普段ライブでやらないような曲をやってくれたりして、ファンにはたまらないライブでした。しかし、ライブの本編が終わりアンコールを待っている時、肩からかけていたファスナー付きの小さなカバンに入れていたiPhoneが忽然と消えていることに気づいたのです。一緒にライブを見ていた彼氏にすぐ「ない! 携帯が!」とむちゃくちゃ焦って報告。周りの人に大声で足下を見てもらうようにお願いし続け、私たちも血眼で捜索したのですがライブ中に見つかることはありませんでした。終演後スタッフに聞いても届出はなく、翌日1限2限をサボって警察署と携帯ショップに行きました。ファスナーを閉めていたのに無くなったので盗難であることはほぼ確定で、しかもライブ中だったことが結構ショックでした。前から4列目とかそのへんにいたので、盗った人も大概のファンだと思うと悲しかったです。そんなこんなでその日から2週間ほど、図らずもスマホ禁となってしまいました。現代の文明よさらば。

 

12月

 携帯を買い替えました。本当は2年生になったら新しくしようと思っていたんですけど、例の事件があったので早まりました。実は買い替えるまでは携帯代金を親に払ってもらっていたんですけど、今の携帯から私の口座から引き落とされるようにしてもらいました。小さなことだけど自立の一歩かな、なんて思いました。

 後半はアホみたいにバイトに入ったのでいい感じにお給料が入ってほくほくでした。この頃から少しバイト戦士化してしまった感はあります。楽しいからいいけど。

 またこのあたりで実は彼氏がはてなブロガーだったことを知って驚いた。私なんかよりずっと読者数が多く、何より記事数が多い。ほとんど毎日更新で感心した。すげえ。

 

1月

 私は1年のうちで一番お正月が好きです。うちは毎年近所に住んでいる祖父母の家に行き、午前中からお昼過ぎくらいまでおせちや揚げ物を食べながらお正月番組を見て、ぼーっとしたり、寝たり。夕方前に神社に初詣に行き、晩はまた祖父母の家に行き、かにすきを食べるのがお決まりです。めちゃくちゃ楽しい。楽だし、誰もそれを咎めない。この日ばかりは自分にも目一杯の怠惰を許しているし、だからこそ大好きなんだろうなと思います。お正月最高。

 最後の週から後期の期末考査がありました。テスト前になって色々やり出した感がすごくて大変でした。専門科目の勉強量がとにかく半端じゃなくてきつかった。テスト前は色々なことに敏感になってしんどくなることが多かったです。精神よわよわになってしまいます。テスト嫌い。私の場合、精神衛生的にも毎日こつこつ学習しておくことが大事なのかもしれませんね。

 

2月

 初週と2週目の1日だけテスト。先述した落単科目は初週の最終日にありました。その科目は途中からまともに授業を受けていなかったし、勉強も全然できていなかったので、もしかしたら落としたかも……と思っていたら案の定落としました。落単がこんなにつらいことだなんて。

 後半はほとんどバイトをしていました。よく働いたもんだ。

 

3月

 なんといっても九州旅行なので、そのことについては当該記事を見ていただきたいです。楽しかった。

博多・長崎旅行記1 - Re:無題

博多・長崎旅行記2 - Re:無題

博多・長崎旅行記3 - Re:無題

 3月はバイトもそうだけど、遊びの予定も(私にしては)とても入れていて、大学生の春休みまじで最高、と思っています。考えることも少なくていいし、春休みは心の温泉。成績を見て病んだけれど、2年生からちゃんとしようと思いました。勉強をおろそかにしない。これ来年度の目標です。

 

番外編

 前期の振り返りの時につけていたので大学での友人関係について少し。

 前期につるんでいた人たちとは笑いのツボが全然合わず、このままこのグループにいたら学校で本当に面白いことがなくなってしまうと思っていました。なので後期の始まりにそのグループからはフェードアウトして(できていたかどうかは怪しい)、前期から友達だったけどいつも一緒にいたわけではない、だけど気があうだろう、というような子に、授業終わりに声をかけてお昼を食べたりするようになりました。後期の初めに声をかけたのはその子に対してだったのですが、周りにいた人3人ともよくいるようになりました。1人は前期の英語のクラスが同じで面白い子、その他2人はその日が初対面。このまま仲良くなれたらいいなあと思っていて、今は無事仲良くなれて授業の相談とかもよくするようになりました。楽しい友達ができて本当に良かった。ただ4人とも1限にあんまり出てこないというのが少し寂しいところですが。

 

 

 荒いところとやけに描写の細かいところが混在しているかとは思いますが、後期の振り返りはこんなところでしょうか。ここまで読んでくださってありがとうございました。前期よりは不満の少ない半期になったのではないでしょうか(笑)。というか振り返りの記事めちゃくちゃ長くなるから半期で振り返るのよくないかな。ちょっと検討します。

 次は2017年度に読んだ本のまとめを書きたい! 年度内に書けるかな、がんばります。

博多・長崎旅行記3


 3日目(1日目→博多・長崎旅行記1 - Re:無題、2日目→博多・長崎旅行記2 - Re:無題)。

 長崎では行きたい場所、やりたいことが結構あったので7時には起きた。まず、旅館の大浴場に朝風呂に行った。朝風呂なんていつぶりだったんだろう。体を洗い、露天風呂から街を眺め、とてもさっぱりして清々しい気分になった。そのあと朝食。バイキング形式で美味しくいただいた。旅館から長崎駅までのバスの時間に合わせて行動しなければいけなかったので、そこからかなりばたばた用意をしてサッとチェックアウトをして旅館を出た。本当に良い旅館だった。

 その日の長崎の街では雨が降っていた。結構しっかり降っていた。そういえば夏休みに東京ディズニーシーに行った日も雨の予報だった。どちらかといえば晴れ女だと思っていたけど、実は雨女だったのかも。

長崎駅のロッカーに大きな荷物を預けると、長崎では多く見かける路面電車に乗り、グラバー園に向かった。

 

 

 雨は降っていたけど、グラバー園はとても綺麗なところだった。旧グラバー邸のほかにも、その周りの要人の邸宅、馬小屋、花壇など見所は様々だった。ただ、もっと私が予備知識としてグラバーさんのことを調べて知っておけば良かったとめちゃくちゃ思った。ただ綺麗なところだな、で終わるのはすごくもったいない気がした。もちろん充分楽しめたけれど、もっとinterestingな楽しみ方ができればなお良かったのかもしれない。

 


 グラバー園の出口のところには長崎伝統芸能館があった。長崎のお祭り「長崎くんち」で使われる御神輿や龍(の、人形といえばいいのか?)が展示されており、長崎の伝統を感じることができた。

 


 グラバー園を出ると、長崎名物であるという角煮まんを食べた。とろっとろの豚の角煮を甘みのある生地で包んだ角煮まんは絶品だった。また食べたいなあ。

 そしてそのまま歩いてオランダ坂まで行った。 とにかくどこに行っても坂なので、オランダ坂を見ても「へぇ〜」くらいの感じだった。グラバー園から歩いて行けるのはよかったな。

 そのあとは中華街まで歩いた。修学旅行らしき学生がたくさんいた。江山楼というお店でちゃんぽんを食べた。ちゃんぽんを食べることが長崎で一番楽しみにしていたことと言っても過言ではない。野菜たっぷりで、お出汁がきいていてとても美味しかった。ためていたちゃんぽん欲が満たされて幸せだ。

 


 お昼ご飯を食べ終わると再び歩き出した。雨はもう傘をささなくてもいいくらいになっていた。眼鏡橋を見に行った。ハート形の石は見つけられなかったけど、眼鏡橋の、眼鏡橋たる所以を実際に見て感じることができた。

 


 眼鏡橋を満喫したあとはそのまま長崎駅へ向かった。長崎駅にあるカフェウミノでミルクセーキを食べた。長崎のミルクセーキは飲むのではなく食べるものらしい。甘くて冷たくて、旅の〆にぴったりだった。

 


 そこからはまた特急かもめ号に乗り博多へ向かった。行きのかもめ号での反省と疲れていたことから、移動の2時間はほぼ寝ていた。博多駅では少しのお菓子を買い、受験生の弟用に行ってもいない太宰府の鉛筆を買い、新大阪まで新幹線に乗った。新幹線は超高速だけどとても快適だった。とても充実した旅だったので九州から離れるのは寂しかったが、また来るぞと心の中で宣言した。


 大阪に着く頃にはさすがにお腹が空いていたので、京橋駅マクドナルドへ行った。九州でおいしいものを食べまくったので、下手に大阪で良い店に入るのは違うかったし、何よりマクドでジャンクなものを食べたい口になっていた(別にマクドナルドのことを悪く行っているわけではありません。マクド最高)。遅めの晩御飯を済ませて家に着くと、たくさん買ってきたおみやげを広げ、おみやげ発表会をした。無事に帰れて何よりだった。旅はこうでなくては。

 

 


 この旅行を通じて思ったのは、旅が楽しいと思えるのは、帰るべき確固たる自宅があるからだろうなあということだ。帰る安心があるから、帰ってみやげ話をする相手がいるから、旅を楽しいと感じるのだろう。今の私は。今回の旅行で一番感じたのがそういうことだった。要するに今の私はありがたいことにとてもとても幸せなのだ。一緒に旅をしてくれた人に、帰りを待ってくれていた家族に、旅先で出会った人に、この旅行記を読んでくれた人に、私はとても感謝しています。ありがとう。終わり。

 

博多・長崎旅行記2

 

 2日目(1日目はこちら→博多・長崎旅行記1 - Re:無題)。

 1日目の夜になんだかんだホテルで映画を見たり外をぶらついたりしたので、2日目の朝は旅行にしてはゆっくりであった。8時頃に起床。バイキングでたらふく朝食を食べて、そこで明太子欲も消化して(おいしかった)、チェックアウトギリギリの12時前にホテルを出た。

 博多駅でお土産を見て、お弁当を買って、14時前に博多を出発した。長崎駅まで特急かもめ号に乗ったのだけど、振り子式のかもめ号はカーブでもスピードを落とさず走れる代わりにものすごく揺れた。揺れすぎて酔ったし、何よりお弁当を食べている場合ではなかった。朝にたくさんご飯を食べたのと揺れていてお弁当を食べるのにすごく神経を使うのとで途中でギブアップしてしまい、とりあえず着いてからおちついて食べることにした。一にも二にも電車が揺れるので景色を見るのもそこそこに眠ってしまった。それしか手段がなかったのが少し残念である。

 約2時間の移動を経て長崎駅に着くと荷物をロッカーに預け、駅にあるショッピングモールのフードコートでお弁当の残りを食べた。そのあとは長崎駅周辺を散策することにした。晩御飯は旅館で食べることになっていたので、それまでの時間を使うにはそれくらいのことがちょうどよかった。坂の町と言われるだけあって、長崎の町は急な坂ばかりだった。急勾配に駐車してある車を見てとても心配になったりした。坂ダッシュもしてみたりして、なかなか面白かった。綺麗で目を引く教会や風情ある寺院も見た。ちょっと曇ってたんだなあ。

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 町ぶらのあとは長崎駅から旅館までバスに乗って向かった。写真を撮り忘れたのが本当に悔やまれるけど、まーーーあすごい坂道だった。泊まった旅館が山の上にあったので、うねうねした道を大きなバスが上っていくのがなんだかすごく面白かった。運転手さんすごいなあと感心した道のりだった。

 泊まったお部屋はなんと旅館の最上階角部屋。言い忘れていたが1泊目も最上階だった。ツイてる。角部屋と言ってもスイートとは反対側だったけど、それでもすごく嬉しかった。街並みが一望できて素晴らしかった。晩御飯は部屋食で、のんびり会席料理をいただいた。とてもおいしくて幸せだった。客室係のお姉さんが(といっても私と同い年だったのだけど)ものすごくコミュ力のある面白い方で、印象がめちゃくちゃ良かった。

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 晩御飯のあと、稲佐山に夜景を見に行った。旅館からバスに乗ろうと思っていたのだけど、時間を見間違えていたのでバスに乗れず、駅まで歩くことにした。たいそうな標高にある旅館だったけど、直線で行くと駅まではまあまあ近かった。階段を何段も降りたわけだけど、そんなに整備されていたわけじゃないから夜に歩くのは結構怖かった。駅から稲佐山に向かう送迎バスに乗り、ロープウェイに乗り、雨が降り出す中展望台へ行き夜景を見た。長崎の夜景は香港、モナコとともに世界新三大夜景になっているらしいが、それはそれは美しかった。地上の銀河とも呼ばれているらしい。その異名がぴったりな眺めだった。坂の町なので明かりの場所がまちまちで、立体的な夜景だった。写真ではあまり伝わらないかもしれないので行ったことのない人はぜひ行ってほしい。

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 帰りは駅まではロープウェイとバスで、駅からはタクシーを使って旅館へ帰った。

 ところで私は旅館の、「宿泊者が出かけている時に布団を敷いといてくれるシステム」がめちゃくちゃ好きで、この日も綺麗にお布団が敷かれていてうきうきした。前日夜更かししていたし、この日も移動で疲れていたので割とすぐに気持ちいいお布団で寝た。

 

 以上が2日目のおおまかな行動と感想である。移動が多くの時間を占めていたけど、1番楽しみにしていた部屋での会席料理や、綺麗な夜景を見られて1日目同様たいへん満足した1日だった。あの旅館にはぜひまた泊まりたい。3に続きます。

博多・長崎旅行記1

 

 先日、博多と長崎へ旅行に行ってきた。形式は旅行会社に宿や交通手段を取ってもらうやつ。旅行慣れしていないので、1番楽で失敗のない方法を選んだ。

 新大阪から博多までは新幹線に乗った。だいたい2時間半くらいかな? 私は新幹線が好きだ。ものすごいスピードで移動している感覚が面白いし、車窓を見ながらおしゃべりしたりお菓子を食べたりするのは移動時間の至福である。行きの新幹線のわくわく感たるや。皆さんも一度はご経験があるかと思うのですが、いかがでしょうか? 私はあのわくわく感がたまらなく好きなのです。

 博多に着いてからはまず、お昼ご飯を食べに行った。暗黙の了解的なルールがかなりあるらしいラーメン屋さんにめちゃくちゃびびりながら入った。店内撮影禁止らしかったのでラーメンの写真はないけどとにかくすごくおいしかった。食レポが苦手なので皆さんにおいしさを伝えることができないのがとても残念だ。ちなみにテーブルに置いてあった辛子高菜を食べたのだけど、今まで食べたものの中で1番くらい辛くて店を出てから大変なことになった。水を飲み飲み、口の中の炎を消火するためにアイスクリームをコンビニで買って食べて、のちにお腹を下すなどしてつらかった。あのお店のラーメンはぜひもう一度食べたいが、高菜だけは二度と食べないとこの時誓った。

 ご飯のあとは「博多町家」ふるさと会館というところへ行った。博多の伝統についての展示がたくさんあった。博多祇園山笠のVRがあったり博多にわかの説明があったりと、たいへん興味深かった。というかまずVRは初体験だったのでそのことも相まって面白かった。伝統文化を最新技術で見られるのが新鮮でよかった。博多にわかは、ご存知の方もいるかとは思うが私は初耳だった。この博多にわか、演者が鼻から上を隠すようなお面をつけて、会話の最後にユーモアあるオチをつける伝統芸能らしい(コトバンク参照してください博多にわかとは - コトバンク)。面白そう。ふつうににわかを見てみたくなった。

 そのあと大濠公園に行った。ランニングコースがあるような公園だったけど、遊具もあって、年甲斐もなく遊具で遊んだ。童心に帰って楽しかった。将来子供ができたらああいう公園に週1くらいで遊びに行ってのどかな気持ちになりたい。とか思ったり。

 公園を出てからは博多の街をぶらぶらとしながら予約していたもつ鍋屋さんに行った。本場で食べるもつ鍋はそれはそれはおいしかった。ぷりぷりとろとろのもつとニラとキャベツ、ごぼうをしょうゆベースのお出汁でいただいた。〆はちゃんぽん麺でたいへん満足だった。

 それからはホテルに帰って夜中まで時間を潰して夜の屋台でラーメンを食べるつもりだったのだけど、結局は屋台に入るのにびびりまくってしまったのと花粉がえぐすぎたのとで夜中の博多を少し徘徊しただけになってしまった。それはそれで楽しかった。でも花粉はすごかった。鼻水とくしゃみ、目のかゆみが全然止まらなくて、なんというタイミングで発動するんだ……と思った。

 

 あまりに私的な旅行記なのでオチとか全然無いけど、意外に書くことがあったのでこの記事はシリーズ1にします(今決めた)。今日はこのあたりで。2は2日目のことを書こうと思います!

劣等感に歯止めをかけろ

 

 私は基本的に自分のことが嫌いだ。私の8割くらいは劣等感で構成されていると言っていいだろう。

  似たような記事だけど何度も読んで何度も自分に共感した記事がある。

自己嫌悪のやつ - Re:無題

 

この自分の劣等感の原因は何だろうか。それは「過去の成功体験」ではないかという考えが浮上した。

 

 私が劣等感を抱くのは、私と同フィールドのことを行う人に対してである。たとえば、同年代の羽生結弦選手がフィギュアスケートで五輪二連覇を成し遂げた。この時私が抱く感想は、シンプルに「すごい。おめでとう」のみである。しかし、母から、知り合いの◯◯さんのお子さんが△△大学(わたしの大学よりランクが上)に合格したんやって、と聞かされた時に私が抱く感想は、「すごい。それに比べて私は何をやっているんだろう。もっと努力しておけばそこに入れたんじゃないの?」といらぬ感情がついてくる。

 羽生選手の話の場合、私が彼に劣等感を抱くことはない。私はスケートの世界にまったく足を踏み入れたことがないし(せいぜい遊びで数回滑った程度だ)、またスケートを習いたいと思ったことはない。だから悔しいとか私も頑張っておけば……みたいな気持ちにはならない。一方で学業の方はというと、小中学校の時に成功していたことで、高校に入って挫折して精神が屈曲してしまったために未だに劣等感を抱かざるを得なくなっているのだ。

 

 どうしてもっと早くに気がつかなかったのだろうか。私はなんの取り柄もない凡人だったということに、あの頃どうして気づかなかったのか。 思えば中学生まで学業で困ったことはなかった。それどころか周りに頭がいいね、賢いねと褒められたし、塾のテストでもいつも成績は上位だった。そしてその頃の私は世間の広さに気づかず、あろうことか「自分はすごい」とどこかで思っていたのだ。

 この「成功体験」が私を陥れた。過去の成功体験は私にとっては邪魔なものだ。いくつかの成功によって酔いしれた自分が悪いのだが、頑張りが認められ、すごいと褒めそやされた過去があるから、今苦闘しなければならない。この苦しみは高校入学後すぐに味わうこととなる。

 私は府内でもトップに数えられるであろう公立の進学校に入学した。そしてそこで私の矜持は打ち砕かれた。私のみていた世間は狭かった。私は決してすごくなかった。ふつうじゃないか。でも、それを認めてしまえばおしまいだと思った。未熟だった。恥ずかしい話だが、振り返れば私は学業の話になるといつも虚勢を張っていたように思う。そしてそれを言い訳に、上を目指すことを諦めてしまった。それが受験期から大学入学後辛くなった大きな原因の1つである。私の精神年齢は高校1年生から変わっていない、と思う。

 私の劣等感やコンプレックスは学業に限らないが、やはり一番辛かったのは学業面でのものかなと思う。一番長きにわたって成功し、かつ努力したものだから大きい。ここまで悩むことになるくらいなら高校時代もっと熱を持って勉学に励めばよかったのだが、周りに圧倒されすぎて打ちのめされたのだ。そして怠けた。努力を怠った。それだけの話だ。だから私は私のことが一番嫌いなのである。

 

 このような話をすると、周りと比べるからだめなんだ、もっと自信を持って、充分あなたはすごいから、と言われることがある。私もそう思う。周りと比べるからしんどいのだ。しかし一度周りと比べて成功し優位に立っていたあの頃があるから、未だに自分を絶対評価できずにいる。本当に情けない。この歳になってまだ自分をきちんと見つめきれていない。自分がなんなのかわからないのだ。自分の何がすごいか、どこに自信が持てるか、そんなものが自分の中にあるのか。

 私は周りの言葉を信じて、自分の評価に繋げてきた。それは間違ったことではないかもしれないけど、言い換えれば自分のことを信じていないということだ。

 西加奈子さんの『サラバ!』を読んだ。私も自分の中に信じられる絶対的なものを見つけたい。

 

お酒について

 この記事8月にタイトルだけ書いてた。20歳になるまでに書いておきたいので書きます。

 私は現在19歳、あと2ヶ月足らずで20歳になります。言わずもがな、20歳になると飲酒が合法になり、お酒を飲むことができるようになります。お酒について今の私が思うことを書いてみたいと思います。

 

 大学生にとってお酒を飲む場は、例えばサークルでの飲み会や、仲のいい友達や恋人と家や居酒屋で、あるいは家で家族と、または一人で、とシチュエーションは数多あることでしょう。私はサークルには所属していませんが、これは飲み会に参加したくないからというのが大きな原因の一つでした。なんか、大して仲の良くない多くの人たちと高い料金を払って騒いで飲むみたいなのを想像するのが本当に無理で、お金と時間の無駄では……と思ってしまうのです。

 もちろん、仲のいい友達数人と楽しく飲むのは全然いいと思うのですが、あんまり大人数だと楽しいの範疇を超えて、よく聞く強制イッキとか、お酌の気配りとか、あるいはもっと犯罪じみたことの可能性が高まるような気がするのです。高校生まであまりに健全に生きてきたものですから、これが偏見であるというのはわかるのですが、報道されるようなことってやっぱり怖いんですよね。飲み会は胡散臭いものだと勝手に思っています。だから行きたくない。

 

 それと、酔っ払った大人が死ぬほど嫌い。家ではお酒を飲む人がいないけど、親戚で集まって食事をする時なんかで見る酔った祖父の言動があまり好きじゃない。そこまでひどい酔い方をするわけではないし、私に対してひどいことを言うとかではまったくないんですけど、なんか面倒くさいんですよね。テレビとかで見るベロベロの人たちもまじで無理で、あんな人近くにいたら嫌だろうなとすごく思います。もっと節度を持って欲しいですね。ベロベロの人は外を歩かないで欲しい。危ないし。

 

 それに何より、私は最近「お酒を飲む」ということ自体にものすごく恐怖をおぼえるようになりました。今まで一滴も飲んだことがない、とは言い切れない(小学生の頃いとことふざけてカクテルチューハイを舐めたり、ここ2、3年お正月のお屠蘇を雀の涙ほど飲んだり、彼氏のおうちでお酒じゃないみたいなアルコールを提供されたり)けれど、20歳になって、自分の意思でお酒を飲むということがなんとなく受け入れがたいのです。今までの少しばかりのアルコール摂取が自分の意思じゃなかったわけではないけど、なんか不意に怖くなったのです。今まで法律で禁止されていた(なんと未成年者飲酒禁止法第1条第1項には満20歳未満の飲酒を禁じると書いてある!罰則より先に!)ことを、急に許可されることにとても違和感を感じるのです。20年間生きてきた、たったそれだけのことで大人と認められてしまうのか。たぶんこの法律ができた背景には、成長期を終えていない身体では肝臓のアルコール分解能力が不十分で〜〜みたいな背景があると思うのですが、別に成熟したからってお酒が身体にとっていいものであるとは思えないし、なんとなく、お酒は毒じゃないのか?という意識が成人前までに形成されてきているので「お酒を飲む」という行為自体がすごく怖い。今の私はね。もちろん成人した人がお酒を飲むことは法的に許されたことだし、お酒が好きな人がいるのもわかる。でもいざ自分がそちら側になることを考えると怖くなってしまうのです。まだ子供でいたい。

 第一まだ私は実年齢に精神が全然追いついていない。これはお酒の話とは関係ないけど、私は20年生きてきた(まだもう少し先の話だけど)気もしないし、とうてい「大人」と呼ばれていいような人間じゃないと思うのです。私の「大人」のイメージは、もっと寛容で包容力があって、自分の感情を自分でコントロールできるような「かっこいい」もので、それには私はまるで及ばない。お酒を怖がるのと同じで大人になることがすごく怖いのです。

  でも「大人」になる努力はします。もっと懐の広い人間になりたい。口の悪さも直したいし、新しいものを訝しがるのもやめたい。

 

 あと少しで成人するにつけ、お酒との付き合い方はどうなるかわからないけど、まずあんまり飲まないでしょうね。怖いのもあるし、だいたい我が家にお酒を飲む習慣がないからたぶん今までと変わらずに生活することになるでしょう。私はソフトドリンクで大満足できるタイプの人間です。みなさんも、お酒はほどほどに、ですよ。